あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

ワシントンで20年ぶり原爆展

ワシントンにあるアメリカン大学美術館であした2015年6月13日から原爆展やるだげな。ワシントンでの開催は20年ぶりとのこと。これみて反省してくれるアメリカ人がひとりでもふえるといいね。

原爆の図(共同)
△ 原爆展で公開される「原爆の図」(共同)

(さんこう)

(ついか)

  • アメリカ首都で原爆展 - 「投下はあやまり」つたえねば:社説:中日新聞(CHUNICHI Web)|2015年6月17日
    • 広島、長崎の被爆の実相をつたえる展示会がアメリカのワシントンではじまった。アメリカ国民のおおくは原爆投下は不可避だったっていうけど、人類のもっとも悲惨なできごとをつたえる資料と正面からむきあってほしい。
    • 展示は広島市長崎市が企画しワシントンのアメリカン大学が協力、会場を提供した。首都での展示は1995年にも企画されたけど、このときはアメリカの退役軍人らの反発で事実上、中止においこまれた。
    • こんかいは2か月間で、原爆の熱線でとけ、変形した懐中時計や十字架など25点が出展された。関心をあつめとるのが、画家の故丸木位里、俊夫妻がえがいた連作絵画「原爆の図」の6点だ。
    • 鮮烈なあかでえがかれたほのおが、おとなもこどももつつんでいく「ひ」。全身やけただれたひとたちが夢遊病者のようにあるく「幽霊」。広島の収容所におって被爆した「アメリカ兵捕虜の死」と、犠牲になった朝鮮人徴用工をえがいた「からす」も出展された。原爆がもたらした惨状には民族など関係がなかった。
    • 原爆の図をみたアメリカ人からは「大変動揺しとる。くるしむひとびとのなかにこどももおるのが衝撃だ」「アメリカの政治の中心地できめたことが世界にどういうえいきょうをおよぼすか、よくわかった」などのこえがきかれたっていう。
    • 現在でもアメリカ国民の大半は「原爆投下がにほんを降伏させて戦争終結をはやめ、さらにおおくの犠牲者がでるのをふせいだ」っていい、正当化するかんがえがねづよい。アメリカの研究者には、にほんを攻撃したけど、戦后台頭するとみたソ連を核の威力で威嚇するのがおおきな目的だったとの分析もある。ワシントンのスミソニアン博物館には、広島に原爆を投下した爆撃機エノラ・ゲイ」が展示されとるけど、地上でどんなことがおきたのか説明はない。
    • にほんがわの資料は、核兵器を国際政治の視点ではなく、人間のからだとこころをとおしてかんがえるべきだってうったえとる。被爆直后だけで20万人以上が死亡し、深刻な后遺症をもたらした原爆の投下はあやまりだったってつたえたい。
    • 核廃絶のあゆみはすすまん。アメリカ、ロシアなど核保有国が核兵器を削減する「軍縮」、あらたな保有国をつくらせん「不拡散」の論議はともにさいきん、めだった成果がない。
    • いっぽう、「核兵器禁止条約」の制定をめざすいごきもあり、まあはい107か国が賛同しとる。にほん政府は核の非人道性をめぐる議論に積極的に関与して、指導力を発揮する努力がもとめられる。
  • スミソニアン騒動から20年 - 原爆展、アメリカで開幕:朝日新聞デジタル(ワシントン=力丸祥子さん、清宮涼さん)|2015年6月15日11時08分)
    • 広島市長崎市などによる「ヒロシマナガサキ原爆展」が2015年6月13日*1、アメリカのワシントンのアメリカン大学ではじまった。アメリカでの被爆展示が退役軍人らの反発で中止においこまれた「スミソニアン論争」から20年ぶりの展示だ。両市がふたたび核大国の首都で核兵器の非人道性をうったえる。
    • 大学内の美術館には、原爆の熱線をあびてとけた十字架やきずついた学生服、被爆者の体内にささっとったガラス片などの被爆資料25点とパネル33枚などがならんだ。丸木位里(いり)、俊(とし)夫妻が原爆が投下されたさいの惨状をえがいた連作絵画「原爆の図」も展示された。
    • 展示は、広島市長崎市が被爆70年を機にあらためてアメリカ国民に被爆の実相をつたええと企画したところ、アメリカ大学のピーター・カズニック教授から協力のもうしでがあり、実現した。開幕式には大学や広島市の関係者らが出席。カズニック教授は「世界でゆいつ、核兵器をつかったアメリカには核廃絶への責任がある」ってはなした。
    • アメリカ国立スミソニアン航空宇宙博物館が原爆を投下したアメリカ軍爆撃機エノラ・ゲイ」と広島・長崎の被爆資料を展示せえと計画したところ、退役軍人団体などが「にほんを犠牲者としてえがきすぎ」として被爆資料の撤去を要求し、展示が頓挫したのは1995年。このさいに被爆資料の展示をひきうけたのがアメリカン大学だった。
    • 展示をめぐる一連の曲折はスミソニアン論争ってよばれ、「原爆投下が戦争をはやく終結させ、おおくのひとのいのちをすくった」との原爆観がアメリカにねづよく浸透しとる現実をうきぼりにした。広島平和記念資料館の志賀賢治館長は「キノコぐものしたでなにがあったかしらんひとたちがまんだ世界におる。核政策をめぐる政治の思惑は複雑だけど、しってもらうことからはじめたい」ってはなす。展示は2015年8月16日まで。

*1:にほん時間じゅうよっか