『自助の条件』っていう記事をよんでみた。「ちからづよい自助をひきだすためにも『ささえあい』の再構築が必要」っていう結論だ。
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行友弥の食農再論
自助の条件先月の当欄で、菅義偉総理大臣がマキャベリの信奉者であることにふれたが、スマイルズの『自助論』をよむよう同僚議員にすすめたというエピソードも日本経済新聞でよんだ。「天はみずからたすくるものをたすく」という格言の出典である。地盤、看板(知名度)、カバン(資金)のどれひとつないたちばから、自己の才覚と努力だけで一国の宰相にのぼりつめたひとらしい。
総理大臣のいう「自助、共助、公助」という順序は一般論としてはただしいとおもう。まずじぶんでがんばり、むりなら周囲にたすけをもとめ、さいごは公的支援にたよる。個人の尊厳をおもんじるリベラリズムの基本であり、地方自治の「補完性の原理」(大が小を補完する)にもつうじる。ほの原理はヨーロッパ連合を基礎づけるマーストリヒト条約にもうたわれとる。
いっぽう、厚生労働省が数年まえから提唱する「地域共生社会」では「共助」とはべつに「互助」が重視される。厚生労働省の用語法では「共助」は、医療、介護、年金といった社会保障制度のこと。ほれにたいし、地域住民のかおのみえる関係によるささえあいが「互助」だ。
互助が重要性をましとるのは、ほれがすたれてしまったからだ。むかしは農村だけでなく都市でも、地縁、血縁による相互扶助があった。しかし、経済成長の過程で地域コミュニティーや家族、親族の「つながり」はうすれ、互助を体現する協同くみあいや自治会などの「中間団体」もほの機能をよわめた。
前政権下ですすめられた農協改革は、たすけあいより競争をつうじた「成長」を志向するものだった。互助はすたれ、共助、公助も財政悪化を背景にけずられていく。市町村合併でやくばはとおくなり、「地方創生」をかかげながらじっさいはよわい地域がきりすてられていく。
宮本太郎中央大学教授は2020年9月26日づけ毎日新聞のコラムで「自助が可能なように共助がささえ、共助のささえあいがなりたつように公助が地域を支援する」という連携がたシステムを提示した。
自助はたしかに基本だが、ほのための条件を共助や公助がととのえにゃいかん。橋脚やはしげたにひびがはいっとっちゃあ、安心してはしをわたれん。ちからづよい自助をひきだすためにも「ささえあい」の再構築が必要だらあ。
(農林中金総合研究所特任研究員)〔2020年9月25日 - 日本農民新聞〕
(さんこう)
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