あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

あんじょうのまちをつくったおとこ - 岡田菊次郎

「あんじょうのまちをつくったおとこ」っていう題で講演があった。まちのえき岡菊苑の開業式典にひきつづいておこなわれたもので、安城市歴史博物館の館長高山忠士さんによるものだ。

20141025_110048 まちのえき岡菊苑開業記念講演 - 高山忠士さん

まずは10時半から岡菊苑の開業式典。安城市長らのあいさつにつづいてくすだまわり。ぱちぱちぱち~っ!

20141025_103044 まちのえき岡菊苑開業式典
20141025_103641 まちのえき岡菊苑開業式典
20141025_104132 まちのえき岡菊苑開業式典

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つづいて11時から安城市歴史博物館の館長高山忠士さんによる記念講演。以下に講演できいたこと、きいてかんじたことをかいつまんでかきしるす。

20141025_110048 まちのえき岡菊苑開業記念講演 - 高山忠士さん

安城村は明治の廃藩置県により静岡県に編入。額田県、愛知県に編入されるのはほのあと。1891年に安城村に東海道線のえきができて、ほっから発展がはじまる。

20141025_111131 まちのえき岡菊苑開業記念講演 - 安城村にえき

えきができたのは、安城村でもひとのすんどらん安城がはらのまっただなかだっただけど、1903年にはここまで発展。安城駅のまわりには、旅館、運送や、馬車や、めしや、銀行、郵便局のほか、岡田菊次郎のちちのいとなむ精米所もできとる。南明治で83戸、北明治で32戸をかぞえるまでになる。これも、村会議員や村長をつとめてきた岡田菊次郎のちからによるところがおおきい。

20141025_111144 まちのえき岡菊苑開業記念講演 - 1903年のえきまえ
20141025_111258 まちのえき岡菊苑開業記念講演 - 岡田精米所

1906年に村から町に昇格してからも、おおくの期間町長をつとめることになる岡田菊次郎は、また農林学校を誘致。にほん三大農学校のひとつだ。さらに安城駅から四方八方につながる道路をつくる。まわりの自治体にくらべて圧倒的に優位にたつ。

20141025_111903 まちのえき岡菊苑開業記念講演 - 道路網の整備

えき開設后の30年間をざっとみてみる。1891年に安城駅設置。1901年に農林学校設置。1906年に村から町に移行。1907年に東海道線が複線化。1910年に警察署が知立から安城に移転。1914年には郡役所も知立から安城に移転。これは全国的にみてもきわめてまれなことである。岡田菊次郎の政治力やおそるべし。このあと、安城はにほんのデンマークとして発展をとげ、全国から年間2万人の視察者がおとずれるようになる。

20141025_112252 まちのえき岡菊苑開業記念講演 - えき開設からの30年間

ところが、にほんのデンマークもいつまでもつづくもんじゃない。大正末期からの農村不況で、三州社が倒産したり、山丸製糸がひきあげたり。安城の工業の80パーセントが製糸業だっただけに、これはおおきないたで。大東亜戦争がちかづくにつれ、安城農業の特色だった多角経営も、穀物増産の方向に転換を余儀なくされる。

20141025_112736 まちのえき岡菊苑開業記念講演 - あたらしい都市像をもとめて

ほこで岡田菊次郎は、安城の発展をとだえさせちゃならんと、内外綿の工場を誘致。いまの倉敷紡績だ。ほかに、マキノやワシノも誘致。ちなみに豊田自動織機も誘致せえとしただけど、こっちは刈谷にとられちゃったとのこと。

20141025_113159 まちのえき岡菊苑開業記念講演 - 1933年の内外綿安城工場

岡田菊次郎のまちづくりはみっつ。ひとつ、まちは結節点。道路網の整備もこのため。ひとつ、みやこといち。行政、金融、商業の集積が必要。ひとつ、住民の生活がだいじ。商工会の設立や工場誘致もこのため。

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講演もおわり、朝日町西バス停からあんくるバスでかえることに。きょうはまちなかで開催のサンクスフェスティバルにあわせて、あんくるバス無料乗車のひだった。

20141025_114414 朝日町西バス停

やってきたっておもったら名鉄バス。いや、バスのまえに「あんくるばす循環線みぎまわり」っていうはりがみがある。代車だったのか。

20141025_114549 朝日町西 - みぎまわり循環線バス代車

(さんこう)