あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

【きりぬき】 東京大空襲、火葬場たりずかり埋葬 - みもと不明の死者2万人

2015年3月10日05時01分、朝日新聞デジタル、渡辺洋介さん

  • 無数の焼夷弾(しょういだん)による猛火のよるがあけると、焦土と化したしたまちがすがたをあらわした。路上には焼死体がおりかさなり、かわもには女性やこの遺体がうかぶ。10万もの犠牲者は、みもと確認も不十分なまま、公園や寺院に「かり埋葬」された。東京大空襲(とうきょうだいくうしゅう)から、2015年3月とおかで70年。
  • 「わすれたら死者うかばれん」
    東京スカイツリーの展望台。東京空襲犠牲者遺族会の星野弘会長84才は2015年3月ここのか、350メートルしたの北十間川(きたじゅっけんがわ)に視線をおとした。70年まえ、遺体を収容したばしょだ。
  • 「あのかわです。20才ぐらいのははおやのかみを、1才ほどのおんなのこがりょうてでつかんではなさん。めをあけ、まるでいきとるようだった」
  • 東京大空襲ではひとばんで10万人がなくなったってされる。東京都は空襲(くうしゅう)による死者数を2万人って予想。いっぽう、東京都の火葬場の能力は1日500体にすぎず、ひつぎは1万人分しかなかった。みもとをたしかめたうえでの火葬は不可能で、埋葬ばしょもたりず、公園や寺院がかりの埋葬地となった。軍や警察にくわえ、受刑者や星野弘さんのような少年もかりだされた。
  • 星野弘さんは本所工業学校2年生で14才。いまは墨田区となった向島区の自宅は全焼し、親族ふたりをうしなった。担任から「やけあと整理」を命じられたけど、実情はかり埋葬への動員だった。
  • やけたトタンに直径数ミリのふとめのはりがねをとおし、担架にした。えのさきに鉄のほさきをとりつけたとびぐちを遺体のせぼねにひっかけ、のせる。
    「肉にはひっかからず、ずるっときれるだけ。せぼねやくびのほねをねらわんとはこべませんでした」
  • ふたりひとくみで、はりがねをかたにかけ、ずるずるとトタンにのせた遺体をひきずった。いきさきは数百メートルから数キロさきの錦糸公園隅田公園。遺体が地面にこすれ、あしくびのさきやてくびからさきがもげた。
  • 公園にはたて、よこ、ふかさがいずれも2メートルほどのあながほられとった。トタンのりょうはしをもってかたむけ、遺体をおとす。作業ははるまでつづいた。
  • ともにかり埋葬を経験した友人たちは「おもいだしたくない」「おれはほんなことはやっとらん」ってくちをつぐむ。星野弘さんにもかり埋葬の悪夢でめがさめたり、さけにたよったりするひがあった。ほいでも、はなさにゃ。
    「わすれちゃったら、死者がうかばれん」
    狩野光男さんの東京大空襲再現画(あさひ)
  • かり埋葬地80か所わからず
    東京都が1953年につくった「東京都戦災誌」には、死者数として「10万」の数字がある。しかし、東京都が遺族からの申告でつくる「東京空襲犠牲者名簿」の登録人数は8万324人しかおらん。名簿づくりは1999年にはじまり、翌年には6万8,072人分があつまった。いっぽう、遺族の高令化などからあらたな登録人数は減少。昨年申請をうけつけ、ことしあらたに登録されたひとは、はじめて1年間で200人をきった。
  • 2万人分の氏名がわからん要因のひとつが、みもと確認の不十分なままおこなわれたかり埋葬とみられる。戦災誌には「いつまでも路上においておくことは当時の東京都民の士気にも関係することであったし、早急にひとめにふれぬとこへはこんでしまうことが必要であった」ってある。
  • 東京都戦災誌によると、東京都内のかり埋葬地は150か所。だけど、特定されとるかり埋葬地は71か所だけだ。のこる79か所について東京都は、「資料がなく、把握できとらん」ってしとる。
  • かり埋葬された遺体は、1948年度にほりおこしがはじまり、火葬された。3年間の東京都の事業で「改葬」ってよばれる。1985年に東京都の外郭団体がつくった「戦災殃死者(おうししゃ)改葬事業始末記」に、東京都職員のこんな証言がある。
    「死人のあぶらはひどいもので、てをあらってもおちん。てぶくろをはめとっても」「あたまのけにはポマードもつけられん。屍臭(ししゅう)がポマードのあぶらにまでしみこんじゃう」「異臭のためきもちがわるくなってたおれそうになる。ほのとき、お線香をたてると、ほのにおいがきえる。わたしははじめて線香の効力のおおきなことをかんじた」
  • 1951年に発行された東京都の「失業対策時報」第6号にも、錦糸公園での改葬でひやとい労働者5、60人が「どろどろになったつちをかきわけて、人骨をおおきなねかんのなかにひろいあげとる」ってある。
  • 東京大空襲・戦災資料センター館長で作家の早乙女勝元(さおとめかつもと)さん82才は「すべてのかり埋葬地で改葬がされたのかは不明確で、いまもものいえぬ死者がつちのなかにうまっとる可能性がある」って指摘。「当時、民間人や戦闘員のいのちはおおとりの羽毛よりもかるいとされ、くには国民の埋葬さえ、不十分なかたちでおこなった。すべてのとむらいをおえるまで、死者へのつぐないはおわらん」ってはなす。
    東京大空襲でなくなったひとのおもなかり埋葬地(あさひ)
(ねたもと)
東京大空襲、火葬場たりずかり埋葬 - みもと不明の死者2万人:朝日新聞デジタル(渡辺洋介さん)|2015年3月10日05時01分