あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

にほんごって 孤立語?

「英語と ドイツ語は おんなじ 西ゲルマン系の 言語だ」、「ラテン語も サンスクリット語も、さかのぼると おんなじ ひとつの 言語に つきあたり、ほの 祖語から えだわかれを くりかえして それぞれの ことばに なった」、「トルコ語モンゴル語は 親戚 関係に ある」ってな はなしを きいた ことの ある ひとも おると おもう。ところが、わが にほんごに ついては、「いちばん にとると おもえる 朝鮮語と、ことばの 構造は どえらい にとるだけど、単語が ぜんぜん にとらんくて、おんなじ 系統の ことばとは いえず、孤立語で ある」って いわれる。

これを きいた にほんじんは、これまで みずから すりこんで きた 自虐 意識も あって、「やっぱり にほんごって 特殊だっただ~」って いう おもいを つよめたり、はては 「こんな 世界の 孤児たる ことばを つかっとったじゃ あかんで、なんとか せにゃ いかん!」ってな 危機感を もつ ことに なったりも する。

だけど、まて!

英語や ドイツ語、ロシア語、ラテン語、サンスクリット語ヒンディー語なんかが 属する インド=ヨーロッパ語族とか、トルコ語モンゴル語の 属する ウラル=アルタイ語族とかは、なが~い 人間の 歴史の なかでは まんだ あたらしい 時代に 民族の 大移動が おこった ために、それぞれの 語族に 属する 言語が にとるって わけだ。「アーリア人の インド 進入」とか 「ゲルマン 大移動」、「ジンギスカンの 西方 進出」っての 歴史で ならった こと あるよね。ほう いった 活動の 結果、もとの 言語が ひろい 範囲に ひろがって、それぞれの とこで 土着化、進化して いったって わけだ。

これに たいして、ふる~い むかしから にほん 列島で はなされつづけとる にほんごが、まわりの 言語と 類似性が ないって いったって、ほれは あたりまえの はなしなだ。なが~い 年月を かけて にほんごは 進化して、いまの かたちに なっとる。

たまたま、いま 世界を 牛耳る (ぎゅうじる) ひとたちが、インド=ヨーロッパ語族に 属する 言語を はなす ひとたちで あるが ために、にほんご みたいな まわりの 言語と 類似性の ない 言語を ふしぎがる だけの ことで あり、よう かんがえて みや おかしくも なんでも ない ことなだ。

孤立語だなんて いって 差別される すじあいは ないだよ。むね はって にほんご つかおまい。


(注)
ウラル=アルタイ語族は いまでは 「語族」と して みとめられとらん みたいだけど、よう しられた なまえでも あり、語族ってのを 説明する ための 便法と して、あえて インド=ヨーロッパ語族と ならべて 例示した。