あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

さようなら 三好弥さん - 2014.6.30 みせじまい

おとついのよるのみかいをやったのにつづいて、きょうのひるは三好弥(みよしや)さんでかつどんをくった。こんげつ2014年6月末のみせじまいをおしんでか、おきゃくさんがいっぱいだ。副市長や安城(あんじょう)のまちづくり会社の社長やもきてみえた。

20140620 12:06 三好弥 - かつどん
△ 20140620 12:06 三好弥 - かつどん

と、テーブルのうえに新聞のきりぬきが。せんげつ2014年5月にじゅうよっかの安城ホームニュースで、三好弥さんのみせじまいのことがのっとる。よむと、しらんかったことがいっぱいだ。「さいしょは東京でひらいたみせだった。三河の好弥さんがはじめたで三好弥さんっていうなまえになった。のれんわけで50店もみせがある。創業者の義理のおとうとさんが1933年に東京ではじめたみせが、戦時中の疎開をへて、1949年に安城えきまえのいまのばしょでみせをかまえることになった」。

う~ん、三好弥さんのはじまりは東京だったのか。1949年に安城にうつって65年か。社会人になって以来、おれも三好弥さんにはいっぱいおせわになっただよ。しょくばのバドミントン部の宴会っていうとぜったいここだった。やすくて、うまくて、量がいっぱいあってね。きらくなのみかいっていうと、いっつも三好弥さんだった。幹事もなんかいやったことか。

三好弥さん、ありがとうございました。三好弥さん、おつかれさまでした。

「とんかつの三好弥、閉店へ」 (安城ホームニュース 2014.5.24)
△ 「とんかつの三好弥、閉店へ」 (安城ホームニュース 2014.5.24)

とんかつの「三好弥」閉店へ

市街地のしにせ、80年の歴史に幕

1933年の創業から80年、とんかつ、和食、宴会場のしにせとしてあいされてきた御幸本町(みゆきほんまち)の「三好弥」が2014年6月末日をもって閉店、廃業します。きどらんふんいきとボリュームで庶民にあいされる名店ですけど、後継者がおらんなどの事情から、戦前からつづく歴史に幕をおろします。店主の神谷清信さん78才が二人三脚でみせをきりもりしてきたおかみの澄子?さん68才とふたりでなやみになやんだすえの決断。おおくの常連客から閉店をおしむこえとともに「ようがんばってきたね」ってねぎらいをうけ、夫婦を感激させております。

なじみきゃくからおしむこえあいつぐ

東京を中心に、全国で50店あまりをかぞえるっていう三好弥。清信さんの祖父にあたる、高浜市出身の長谷川好弥さんが1919年に東京、文京区の小石川柳町で創業しました。「三河(みかわ)出身の好弥さんがはじめたみせだで『三好弥』なです」って清信さん。

洋食文化は急速に発展し、なかでもとんかつは庶民のあこがれのあじでした。好弥さんのもとにふたりのおとうとや縁者(えんじゃ)もあつまり、洋食のわざをみにつけあいついで独立。ほっからひろまった三好弥ののれんは、昭和のバブル期まえには130にまでひろまったっていいます。

安城の三好弥は、好弥さんの義理のおとうとで、福釜町(ふかまちょう)出身の神谷◇一さんが東京の駒込神明町で開業したのがはじまりとか。戦時中に郷里に疎開し、1949年、当時の国鉄安城駅ちかくにみせをかまえました。

ランチタイムにはリーズナブルなみそかつ定食やなないろランチが人気。交通の便のいいばしょにあり、最大80人まで対応できるで、会社の宴会や地域のあつまりなどでおせわになったひともおおいじゃないか。

夫婦にはふたりのおんなのこがありますけど、経営の継承はむずかしく、げんきなうちにみせをたたむことにしました。店頭に閉店のしらせをだしたのは昨年2013年の12月ついたち。とつぜんの廃業でおどろかせてはもうしわけないと、はんとしあとにみせをしめることにしました。

「これまで商売をつづけれたのは、おきゃくさまのおかげで感謝したい」と清信さん。澄子?さんは「従業員にもめぐまれました。おきゃくさまからなんとかつづけれんのかっていわれますけど、ほのすぐあとに、ようがんばったもんねっていわれ感激しております」。

みせをしめるほのひまで、ふたりはとくべつなことをするつもりはありません。「さいごまで、いつもどおりの料理をおだしする。ほれがわたしたちの恩がえしです」って、えがおでむねをはりました。

安城ホームニュース 2014年5月にじゅうよっか)

2014-07-01 08.10.24 三好弥さんありがとう

(さんこう)