あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

しろい けむりと くろい けむり

きょう 古井町ふれあい広場に いって、こんな 文章 みたよ。




あいずの けむり −おやこの わかれ−


汽船の デッキの うえからは、かの おとめが なみだで くもった めで ふるさとの やまを したい、父母を こいて、この しろい けむりを みつめて いる ことだろう。


−しろい けむりと くろい けむり−


こうして わかい おとめと おいたる おやとが、やまと うみとで たがいに せつない 思慕 恩愛の 情を かわして いるので ある。
はるの ひは、しずかに ゆうもやの なかに うすれて いく。
やがて 汽船は、本部 半島 (もとぶ はんとう)に その かげを かくした。
つきせぬ なごりを 一抹の くろい けむりに とどめて。


(稲垣国三郎)



むすめは、那覇を でて 本土に むかう 汽船の うえ。としおいた おとう (ちち)と あんまー (はは)は、那覇まで みおくりに いく おかねも なく、うちから ちかい 名護城 (なんぐすく)で みおくる ことに。汽船が 名護湾を とおる ころ、おとうと あんまーは いっしょうけんめい あおい まつの はを たいて、しろい けむりを あげる。汽船は くろい けむりを あげて、ボーッ ボーッと 汽笛を ならす。


こんな せつない 情景を 文章に 表現したのは 稲垣国三郎さんって いう ひとで、古井 (ふるい)の 出身だげな。古井町歴史研究会の ひとたちが この 文章と あわせて、稲垣国三郎さんって いう 人物に ついての 展示も しとった。


しろい けむりと くろい けむり
しろい けむりと くろい けむり



(さんこう)