あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

今川氏発祥の地をみてきた - 2019年4月29日

2019年4月29日、西尾の岩瀬文庫に御即位慶賀展をみて、ひるごはんをたべたあと、今川氏発祥の地をみてきた。あの駿河の大名今川義元の今川氏だ。以前に、ほの発祥の地が西尾にあるってしったときから、いっかいいってみたいっておもっとったとこだ。

2019.4.29 (36) 西尾市 - 今川氏発祥の地 1960-1500

西尾中学校のみなみに今川氏発祥の地はあった。校庭のすぐみなみだ。さいしょ、学校からたんぼをへだてたみなみにみえた神社がほれかっておもったけど、ちがった。きたがわ道路に面した四角いしきちのなかに、石柱のいしぶみがあって、石板のいしぶみがあって、おはかがある。説明がきのかんばんもあって、よんでみる。

2019.4.29 (37) 西尾市 - 今川氏発祥の地説明がき 930-900
今川氏発祥の地
吉良今川氏の祖、足利長氏(吉良長氏)は足利本宗家をつげんかったかわりに吉良荘をゆずりうけました。吉良荘内の今川の地はやがて長氏の次男国氏にゆずられ、この地名から今川をなのることになります。西尾市指定史跡今川氏発祥の地には「今川氏発跡地」のいしぶみのおくに南北朝時代九州探題としてかつやくした今川了俊の供養塔があります。

ふーむ、今川氏の祖先は足利氏だったのか。室町幕府をひらいた足利氏の一派が、いまの西尾と吉良を版図とする吉良荘(きらのしょう)をおさめることになって、ほいで、ほのうちでもこの今川をゆずられた足利国氏がはじめて今川をなのって、のちにつながるわけだ。

2019.4.29 (38) 今川氏発祥の地 - 今川の説明がき 1800-1350
2019.4.29 (39) 今川氏発祥の地 - 今川了俊の説明がき 1800-1350

石板のいしぶみ今川了俊っていうひとの説明がかいてあるけど、いまのじぶんの知識じゃあ理解がむづかしい。

2019.4.29 (40) 今川氏発祥の地 - 今川了俊のはか 2000-1500
2019.4.29 (41) 今川氏発祥の地 - 今川了俊のはか 2000-1500

今川了俊のはかにまいって、うちにかえる。


(さんこう)