まあはい収穫祭もおわっちゃっただけど、2018年6月みっかにみてきた中島の悠紀斎田おたうえまつりのようすを記録しとく。
【式次第】 【悠紀のさと】 【八幡社】 【ひる休憩】
【おたうえまつり (1) はじまるまで】 【(2) 式典】 【(3) おねりおどり】 【(4) おたうえ】
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式次第
悠紀のさと
式典のはじまるまえに悠紀のさとの展示品を見学。
献上米になるまでのてじゅんが説明してある。
とりわけ興味をひかれたのが、この美矢井橋をわたる行列。中島村は碧海郡に所属し所管の官庁があんじょうにあったため、とれたこめはいったんあんじょうで検査したうえで、あんじょうえきから東海道線ではこばれていったらしい。
廊下ではおたうえみんなでアート。
八幡社
おたうえまつりはあくまで神社の祭礼としておこなわれるってことで、中島村のむらんなかにある八幡社にいってみる。
なるほど、祭礼だ。東京からチャンネルさくらっていう報道機関が取材にきとったのにもおどろく。
おくもつもそなえてある。
悠紀斎田記念庫っていうのもあった。
ひる休憩
中島のまちんなかにみつけた中華料理やさんでひるごはん。いや、さっきのおくもつみたいだ。
中島のまちをみなみからきたにあるいてみる。いちばんきたのほうまでいったとこで北中島バス停。名鉄東部交通の運行するバスで東岡崎と西尾をむすんどるだけど、運行本数は1時間に1本。
つぎのバス停が長池公園前バス停。ここが悠紀斎田もよりのバス停になる。ちょうど東岡崎いきのバスがやってきて、なんにんかがのりこんでいく。いや、おとこのひとがなんにんものってったのにはおどろいた。
バスとわかれて、おたうえまつりの会場へ。
おたうえまつり (1) はじまるまで
さっきのチャンネル桜がまあはい取材しとる。司会はあおやまえつこさん。
六ツ美西部小学校のこたちの唱歌。
六ツ美中学校のこたちの吹奏楽。
さおとめのひとたちがテントにあつまってくる。おたうえまつりの主役だ。
おたうえまつり (2) 式典
修祓の儀(しゅばつのぎ)、祝詞奏上(のりとそうじょう)、(38) 田の清祓い(たのきよはらい)って式典がすすんでいく。
田の清祓い(たのきよはらい)。
玉串奉奠(たまぐしほうてん)
らいひん祝辞。人数がおおすぎかもしれん。
おたうえまつり (3) おねりおどり
整列。
しゅっぱつ。
おねりおどりはながい。
きゅうけい。
おたうえまつり (4) おたうえ
なえうちのあとおたうえになる。
まず、なえうち。
おたうえのはじまり。
うえる。うえる。うえる。
たんぼのまわりで、おたうえおどりもはじまる。
うえる。うえる。
おわり。おつかれさまでした。
(さんこう)
- かみさまはおくもつを…|いわせあきひこ|フェースブック|2018年6月3日12:00
- かみさまはおくもつをめしあがり、おれはやきぎょうざ定食をたべる。中島のおたうえまつりにきております。
- 六ツ美(むつみ)悠紀斎田(ゆきさいでん)お田植えまつり(6/3)|岡崎市ホームページ|最終更新日=2018年5月15日 〔※ まあはいリンクぎれ〕
- 「大嘗祭」は、天皇即位后初めて新穀をもって皇租と神々を悠紀・主基の両殿に迎え、収穫祝いと今後の豊作を祈願する宮中の儀式です。 京都より東日本を「悠紀(ゆき)の地」、西日本を「主基(すき)の地」と称し、大嘗祭に供える米を作る田を「斎田(さいでん)」といいます。
- 1915年大正天皇即位の大嘗祭で、悠紀斎田に六ツ美村中島が、主基斎田に香川県山田村が選ばれ、その際に行われた「お田植え唄」「お田植踊り」及び装束・用具が保存・伝承されています。
- 日時=2018年6月3日(日曜日)(少雨決行)
- 10:00~ お田植えみんなでアート
- 11:00~ 物販
- 13:00~ 六ツ美西部小学校 合唱
- 13:30~ 六ツ美中学校 吹奏楽
- 14:00~ 神事・式典、お田植え
- 場所=地域交流センター六ツ美分館悠紀の里
(愛知県岡崎市中島町上丸ノ内7番地4)
※ 詳しくは、六ツ美悠紀斎田保存会(六ツ美支所内/電話:0564-43-2500/FAX:0564-57-5022)へ。
- 六ツ美悠紀斎田お田植えまつり - Wikipedia