あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

中山道 赤坂宿

美濃赤坂駅を おりて ちょっと きたに いくと、くろい いたかべに かこまれる。


130225 美濃赤坂 (28) 13:18 赤坂宿 養老街道
130225 美濃赤坂 (28) 13:18 赤坂宿 養老街道

すぐに よつつじと なり、東北 かどに いしぶみが ある。ここが 赤坂宿 (あかさかしゅく)の 中心らしい。ここを 東西に はしるのが 中山道 (なかせんどう)で、こっから みなみに のびるのが いま とおって きた 養老街道 (ようろう かいどう)で、こっから きたに のびるのが 谷汲巡礼街道 (たにぐみ じゅんれい かいどう)だ。







130225 美濃赤坂 (29) 13:18 赤坂宿 よつつじ
(29) 13:18 赤坂宿 よつつじ
130225 美濃赤坂 (30) 13:21 赤坂宿 よつつじ いしぶみ
(30) 13:21 赤坂宿 よつつじ いしぶみ


赤坂宿

ひがし 美江寺 (みえじ)へ 2里 8町

にし 垂井 (たるい)へ 1里 12町

  • 近世 江戸 時代、5街道の ひとつで ある 中山道は、江戸から 京都へ 131里の 道程に 69つぎの しゅくばが あり、美濃赤坂宿は 57ばんめに あたる。
  • 大名 行列や おおくの たびびとが 往来し、また にもつの 輸送で 交通は さかんで あった。
  • まちの 中心に ある この よつつじは きたに むかう 谷汲巡礼街道と、みなみは 伊勢に つうずる 養老街道の 起点で ある。
  • 東西に つらなる まちすじには、本陣 (ほんじん)、脇本陣 (わきほんじん)を はじめ はたごや 17軒と 商家が のきを ならべて 繁昌 (はんじょう)しとった。

たしかに ふるい 商家が たちならび、クルマも いっぱい いきかって にぎやかだ。のんびり 写真を とっとると、すぐ クルマの 往来の じゃまに なって 恐縮(^_^;) いちばんの おどろきは、ふるくからの 商家の ひとつに ほんやが あった こと。いまどき ほんやなんか、おおきな 駅の えきまえか 郊外の おおきな 駐車場を そなえた とこにしか ないだ。


中山道を にしに あるく。ひだりの おおきな やしきに 「矢橋グループ本社」の かんばん あり。とおりは 西町商店会って いう 商店街に なっとる。みやげものやに はいるも みせの ひと おらず。しばらく あるいて まちなみが つきた ところに、廃線と なった 貨物線の ふみきり あり。ひきかえして、よつつじに。







130225 美濃赤坂 (31) 13:22 赤坂宿 よつつじ 西南 かど
(31) 13:22 赤坂宿 よつつじ 西南 かど
130225 美濃赤坂 (33) 13:24 赤坂宿 西町の とおり
(33) 13:24 赤坂宿 西町の とおり






130225 美濃赤坂 (36) 13:38 赤坂宿 西町の とおり
(36) 13:38 赤坂宿 西町の とおり
130225 美濃赤坂 (37) 13:42 赤坂宿 西町の とおり
(37) 13:42 赤坂宿 西町の とおり





130225 美濃赤坂 (38) 13:43 赤坂宿 よつつじ 東南 かど
(38) 13:43 赤坂宿 よつつじ 東南 かど

こんどは、よつつじから 谷汲巡礼街道を きたに むかう。まちなみを しばらく あるくと また ふみきりが あらわれる。こっちは いまも いごいとる 貨物線の ふみきりだ。貨物線は さっき おりた 美濃赤坂駅から、赤坂宿の きたに ある セメント 採掘場まで いっとる。まんだ この さきも まちなみは つづくだけど、この 谷汲巡礼街道 ぞいには あんまり 歴史的 建造物も なく、ここで また よつつじに ひきかえす。






130225 美濃赤坂 (41) 13:49 赤坂宿 谷汲街道 貨物線 ふみきり
(41) 13:49 赤坂宿 谷汲街道 ふみきり
(きたから みた とこ)

こんどは、よつつじから 中山道を ひがしに むかう。おめあては 本陣 あとと 赤坂河港だ。


130225 美濃赤坂 (42) 13:54 赤坂宿 よつつじから ひがしえ
130225 美濃赤坂 (42) 13:54 赤坂宿 よつつじから ひがしえ

ちょっと いって、すぐ みぎに 本陣 あとを 発見。いしぶみや 銅像や かわやが ある ほかは、ただ ひろばに なっとる。いくつか ある いしぶみの うち、いりぐちに あったのが 和宮 降嫁 (かずのみや こうか)の いしぶみ。およめいりで 京から 江戸に いく とちゅう、ここ 赤坂宿で 宿泊した ことを つたえる。







130225 美濃赤坂 (43) 13:55 赤坂宿 本陣 あと いしぶみ
(43) 13:55 赤坂宿 本陣 あと いしぶみ
(和宮 降嫁の いしぶみ)
130225 美濃赤坂 (45) 14:00 美濃赤坂宿 本陣 あと
(45) 14:00 美濃赤坂宿 本陣 あと

また さっきの 貨物線が あらわれる。ふみきりを ひっきりなしに クルマが いきかう。ふみきりを こえると OK銀行や ほの ライバル 銀行も あって、かなり にぎやかだ。







130225 美濃赤坂 (44) 13:56 赤坂宿 本陣 あと 説明板
(44) 13:56 赤坂宿 本陣 あと 説明板
130225 美濃赤坂 (46) 14:01 赤坂宿 中山道 ひがしの 貨物線 ふみきり
(46) 14:01 中山道 ひがしの ふみきり

ひだりてに まっしろい 明治の 洋館が あらわれる。むかし 警察だったか なんかの たてもので、いまは 赤坂港会館って いう 施設に なっとって、この すぐ となりが 赤坂河港に なる。げつようびだったでか、閉館の ため 洋館の なかが みれんくて ざんねん。


130225 美濃赤坂 (48) 14:07 赤坂宿 赤坂港会館
130225 美濃赤坂 (48) 14:07 赤坂宿 赤坂港会館






130225 美濃赤坂 (49) 14:07 赤坂宿 赤坂港会館
(49) 14:07 赤坂宿 赤坂港会館
130225 美濃赤坂 (54) 14:11 赤坂宿 赤坂河港
(54) 14:11 赤坂宿 赤坂河港






130225 美濃赤坂 (50) 14:08 赤坂宿 赤坂河港
(50) 14:08 赤坂宿 赤坂河港
130225 美濃赤坂 (51) 14:09 赤坂宿 赤坂河港
(51) 14:09 赤坂宿 赤坂河港

江戸 時代は こんな とこまで ふねで これる ほど、内陸 水運が 発達しとっただね。ほう いやあ 大垣ってのは 「みずの みやこ」だそうで、大垣城の へんじゃあ いま 観光用の ふなくだりが できるだげなけど、この 赤坂河港も おんなじ 大垣 市内だ。ただ、赤坂河港の 面する 水路は かなり せばい。こんな せばい 水路を、にもつを のせた ふねが いきかっとったのか。







130225 美濃赤坂 (56) 14:18 赤坂宿 赤坂河港
(56) 14:18 赤坂宿 赤坂河港
130225 美濃赤坂 (52) 14:09 赤坂宿 赤坂河港 みなみ 水路
(52) 14:09 赤坂河港 みなみ 水路





130225 美濃赤坂 (55) 14:16 赤坂宿 中山道
(55) 14:16 赤坂宿 中山道

赤坂河港を みる うちに、観光の 一団に とりかこまれる ような かたちに。この ひ、観光で 赤坂宿を おとずれたのは おれ ひとりじゃ なかっただ。じきに やって きた 大垣駅 方面 いきの バスに 観光の 一団と いっしょに のりあわせて、赤坂宿を あとに した。




(さんこう)