あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

中山道 太田宿

中山道 (なかせんどう) 太田宿 (おおたじゅく)に いって きた。

木曽川 (きそがわ)と 平行に 東西に はしる 高山線を 美濃太田 (みのおおた)で おりて、えきまえから みなみに いくと 太田宿に つく。とちゅう、クルマの びゅんびゅん はしる おおきな とおりを 2本 よこぎった むこう、ほとんど 木曽川に くっつきそうな とこを 中山道が 東西に はしっとるだ。ちなみに、この すぐ ひがしで、中山道は 木曽川を みなみに わたる。太田の わたしって いやあ、難所で 有名だったらしい。

じっさいには なんの したしらべも せんで いったで、えきまえでは 鉄道員の ひとに みちを きき、市役所では うけつけの おねえさんに 地図を もらい して、たどりついた。20分 ぐらい あるいたか。まあ、かえりに わかった ことだけど、えきまえ どおりを まっすぐ みなみに すすみゃあ、どう せんでも 木曽川の てまえに 太田宿が あらわれるだ。

まず はいったのが 無料の おやすみ どころ。江戸 時代は 小松屋って いう はたご (旅籠)だったって いう。はり (梁)が むきだしで、ひくい 天井が ほのまま 2階の ゆかを かねとる。ざんねんながら 2階は たちいり 禁止に なっとったけど、きっと 秘密 基地 みたいな かんじだらあ。で、なつかしさで なみだが でそうに なるのが つちの 土間だ。ってか そもそも つちだったで 土間って いうだ。コンクリが うって あったり、石板が ひいて あったり するのは 邪道なだ。

20130717 13:35 太田宿 おやすみ どころ
20130717 13:35 太田宿 おやすみ どころ

いくつか 展示品も あるだけど、明治の 文豪 坪内逍遥 (つぼうち しょうよう)の ものが おおい。ここ 太田宿の でだげな。しらんかった。 

20130717 13:30 太田宿 坪内逍遥
20130717 13:30 太田宿 坪内逍遥

まちなみは よく 景観 保存が なされとって、本陣やら わき 本陣やらも のこっとるし、むかしながらの 商家も あちこちに みえる。あと、ちいさな ほんやさんでは あるけど、えきまえでも ない、おおがた 駐車場を そなえた ロード サイドでも ない、こんな とこに、ほんやさんって ものが いまだに いきながらえとる こと 自体が すごい。

20130717 13:47 太田宿 まちなみ
20130717 13:47 太田宿 まちなみ

また 無料で みれる たてものが あり、みせばんの おんなの ひとから はなしを きく。ここ 太田宿の くらもとの なん代めだかが 代議士だって、ほの つぎの 代も 最近まで 美濃加茂市 (みのかもし)の 市長 やっとっただけど、からだ わるく して やめちゃったって。で、いまは この くらもととは 関係の ない、28才の ひとが 市長 やっとるだげな。ちなみに、美濃加茂市ってのは 美濃太田が 中心地に なっとる 市の なまえだけど、なまえが ちぐはぐなのは よく ないな。加茂ってのは 郡 レベルの ひろい 地域の なまえだそうだで、市の なまえは 美濃太田市太田市に せにゃ。

くらもとの まわりを まわって みる。ほんとに ふるい たてもんの まま、操業を つづけとる。なまえは 御代桜醸造 (みよざくら じょうぞう)って いう。

20130717 14: 22 太田宿 さかぐら
20130717 14: 22 太田宿 くらもと

ちょっと ひがしに いった とこに あった、市が つくったと おもわれる 中山道会館って いう 施設で、ぬれ おかきと われ せんべいを みやげに かって、太田宿を あとに した。

かえりは えきまえ どおりを あるいて えきまで かえっただけど、りょうがわには 商店が たちならび、けっこう ちからを かんじた。また、えきまえには ホテルやら 公共の 施設やらの いくつかの たかい ビルが ある ほか、歓楽街も ある 一帯に かたまって 存在しとった。これでこそ えきまえで、これなら 美濃太田で やどを とる ビジネスマンなんかも、よるを 所在なく すごす ことは ないと おもえる。 

20130717 12:36 美濃太田 えきまえ すぶた ランチ
美濃太田 えきまえ すぶた ランチ

さいしょに 美濃太田の 駅を おりて すぶた ランチを たべた みせが、歓楽街の 一角に あった ことを たしかめて、いえじに ついた。 


(さんこう)