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あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

よりかからず

岩瀬文庫の展覧会で茨城のり子っていうひとの詩に接した。どれもわかりやすく、ひごろ文学にえんのないじぶんにもたのしめた。

よりかからず
20160221_133450 茨木のり子展 (2) よりかからず 640-470
〔かくだい〕
もはやできあいの思想にはよりかかりたくない
もはやできあいの宗教にはよりかかりたくない
もはやできあいの学問にはよりかかりたくない
もはやいかなる権威にもよりかかりたくはない
ながくいきて心底まなんだのはそれぐらい
じぶんの耳目じぶんの二本あしのみでたっていてなに不都合のことやある
よりかかるとすればそれはいすのせもたれだけ
20160221_140702 茨木のり子展 (4) よりかからず 680-960
〔かくだい〕

この「よりかからず」もいい。どんな権威にもたよらんぞ、たのむのはじぶんの耳目、じぶんの二本のあしだけだっていう宣言のすがすがしいこと。

おんなのこのマーチ
20160221_140556 茨木のり子展 (3) おんなのこのマーチ 690-980
〔かくだい〕
おとこのこをいじめるのはすき
おとこのこをキイキイいわせるのはだいすき
きょうも学校で二郎のあたまをなぐってやった
二郎はキャンといってしっぽをまいてにげてった
  二郎のあたまはいしあたま
  べんとうばこがへっこんだ
パパはいう お医者のパパはいう
おんなのこはあばれちゃいけない
からだのなかにだいじなへやがあるんだから
しずかにしておいで やさしくしておいで
  そんなへやどこにあるの
  今夜探検してみよう
おばあちゃまはおこる うめぼしばあちゃま
さかなをきれいにたべないこはおいだされます
およめにいってもみっかともたずかえされます
あたまとしっぽだけのこし あとはきれいにたべなさい
  およめになんかいかないから
  さかなの骸骨みたくない
パンやのおじさんがさけんでた
つよくなったはおんなとくつした おんなとくつしたァ
パンかかえおくさんたちがわらってた
あったりまえ それにはそれのわけがあるのよ
  あたしもつよくなろうっと!
  あしたはどのこをなかせてやろうか

おれはおとこだけど、なんだかわかるきがする。おんなのこっていうきゅうくつなわくになんかはめられてたまるかっていう反発心が、ここちよくつたわってくる。

はたちが敗戦
20160221_143106 茨木のり子展 (6) はたちが敗戦 420-540
〔かくだい〕
  かしらア・・・みぎイ
  かしらア・・・みぎイ
  分列にまえへすすめ!
  ひだりにむきをかえて すすめ!
  大隊長どのに敬礼! なおれ!
わたしのばかごえは凛凛とひびくようになり、つんざくような裂帛(れっぱく)のきあいがこもるようになった。そして全校四百人を一糸みだれずうごかせた。

茨木のり子はたちで敗戦をむかえた。ほのちょっとまえ、西尾高等女学校にかよっとったときは戦時一色で、教練ではかのじょが全校に号令する役をまかされとっただ。

茨木さんと「櫂」 - 水尾比呂志
20160221_143031 茨木のり子展 (5) 茨木さんと「櫂」 640-480
〔かくだい〕
「みんなが「櫂」によろこんではいったのは茨木さんがいたからじゃないかっていうかんもあります。あのひとは1926年うまれで、われわれよりも5、6才としうえだから、おねえさまというかんじですよね。現代詩の長女といわれて、じつにさっそうとしていました。せもすらっとたかくてあしだってほそくてね。みんなのあこがれのまとでした。「櫂」の連中だけでなくほかのグループの詩人たちもずいぶん茨木さんにあこがれをもっていた」

結婚して東京にいってしばらくして「櫂(かい)」っていう同人誌をつくっただけど、詩人なかまのあいだでも茨城のり子は人気ものだったみたいだね。おとこまえってかんじかな。

20160221_143440 茨木のり子展 (7) 480-600
西尾市岩瀬文庫特別展 - 茨木のり子没10周年

(さんこう)