あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

岩瀬文庫

西尾にある岩瀬文庫。高校時代、西尾高校にかよいながらいったことのなかったこの岩瀬文庫だけど、詩人茨城のり子展が開催されとるってことで、きょう2016年2月21日、いってきた。

なんてってもめだつのは本館のよこにたつこの書庫。むかしからのものだ。

20160221_132444 岩瀬文庫書庫
20160221_132853 岩瀬文庫書庫
△ うえ=ひがしからみたとこした=みなみからみたとこ

説明がきをよんでみる。

岩瀬文庫書庫
20160221_132639 岩瀬文庫書庫 - 説明がき
〔かくだい〕
1919年ごろのたてもので、地上3階、地下1階だてである。構造は土蔵のおおかべをレンガにおきかえたもので、木造のこやぐみにかわらをふいたやねをつくる。内部は木造で、はしらをたててはりをわたし、すこしづつすきまをあけてゆかをはり、かべをしっくいぬりとする。外部には玄関の外観、のきさきまど台に洋風意匠がみられ、外壁の表面にレンガににせたタイルがはられとる。設計は西原建築工務所、タイルは常滑の陶栄かぶしき会社で生産された。
現在はアルミサッシにとりかえられとるけど、まどにも鉄とびらをいれて火気を遮断するなど、耐火性能をたかめるために導入された構造であり、外壁のタイルばりは外装材としてつかわれる初期段階にあたる。
西尾におけるゆいつの現存レンガづくり建築であり、近代建築の成立過程の一端をしめすたてものとして貴重なものである。
2003年10月、西尾市教育委員会

なるほど、レンガづくりにみえて、じつは外壁にレンガをはった土蔵だったわけだ。

書庫のわきに岩瀬文庫をつくった岩瀬弥助の像がある。

20160221_132929 岩瀬弥助の像
△ 岩瀬弥助の像

説明がきをよんでみる。

20160221_133000 岩瀬弥助と岩瀬文庫 - 説明がき
〔かくだい〕
1867年西尾須田町にうまれる。幼名吉太郎。岩瀬家の当主となり家業の肥料商山本屋をつぐや、はばひろい経済活動を展開し一代で財をなした当地方屈指の豪商である。
わかくして西尾町長に就任、また西三河に軌道事業をおこすなど政財界にかつやくするいっぽう、文化教育福祉の諸事業にも情熱をかたむけ、莫大な寄付をおしまんかった。
岩瀬文庫は、生来の読書家であった翁が1907年に私財を投じて創設したもので、和書を主とする10万冊余の蔵書はひろく学究のしるところである。
1930年没、享年61才*1

なるほど、岩瀬弥助は豪商だっただ。ほのうえ西尾町長もつとめて、さらに文化にも熱心で、ついには私財を投じてこの岩瀬文庫をつくっただ。西尾のまちなかに岩瀬弥助のまいた文化のたねがいまはなひらいとるよ。


(さんこう)

*1:計算があわんけど61才ってかいてある