あきひこのいいたいほうだい

いいたいほうだいってほど、いいたいほうだいにいえるわけじゃないけど、おりおりにかんじたこと、感心したことなんかをかいていくよ

北海道の 名付け親って 松阪の ひとだったんだ! (松阪ベルネット 05)

北海道の 名付け親って 松阪の ひとだったんだ!

(※ 過去 日記)

きのうの 「ゆうちゃん日記|松阪をよく知ろうクイズ」の 第 3 問にも あったんですが、北海道の 名付け親 松浦武四郎の 生家保存の ニュースを 26 日の 中日ウェブで みました。松阪市 出身だった ことは はじめて しりました。

松浦武四郎の 生家 (中日ウェブより)
松浦武四郎の 生家 (中日ウェブより)

今度 松阪に いく ときは、松浦武四郎記念館も たずねて みようと おもいました。


〔記事引用〕

松阪市小野江町出身の探検家・松浦武四郎(1818-1888)の生家の公開を目指している市は近く、建築の専門家らによる家屋の調査を始める。今月に入って約 1,550 万円で生家の取得を終えており、今後は増築部分の解体など整備の方法を約 1 年間かけて検討していく。

生家は 1832 年に建てられ、最近まで武四郎の兄の子孫が住んでいたが、昨年 3 月に子孫が自己破産。売却や取り壊しの恐れがあったため、市は今年 6 月の市議会で生家の買い取りを表明。武四郎の生誕 200 年となる 2018 年までに改修して展示公開する方針を示している。

生家のうち、武四郎の時代以降に増築された部分は取り壊し、母屋(木造平屋約 150 平方メートル)と離れ(同約 59 平方メートル)、2 棟の土蔵(木造 2 階建て延べ計約 119 平方メートル)は改修して武四郎が生きた時代の様子の復元を図る。市は 11 月には歴史や建築などの専門家らによる「整備検討委員会」を設立し、具体的な保存方法などの協議を始めた。

この中で、建築が専門の委員から「増築部分だからといって、簡単には切り捨てることはできない」との指摘があり、家屋の構造や松浦家がどう使っていたかなどを探る調査を年度内にもスタート。最低でも 1 年間をかけた上で、整備計画を策定することにした。

生家は伊勢街道沿いに残った典型的な町屋としても貴重で、記念館から生家に至る 700 メートルを旧街道沿いの街並みとして生かして整備する可能性も探る。市文化課では「生家や周辺を武四郎の生きた時代を感じられような場所にしたい」と話している。


〔参考 (ウィキペディアより)〕

松浦 武四郎(まつうら たけしろう、文政元年2月6日(1818年3月12日) - 明治21年(1888年)2月10日)は、江戸時代、幕末から明治時代にかけて活動した日本の探検家である。雅号は「北海道人(ほっかい・どうじん)」。蝦夷地を探査し、北海道という名前を考案した。


生家の 展示公開は 2018 年と あるから、まだ ちょっと さきの ことでした。

また、生家の 保存に あわせて、旧伊勢街道の まちなみ整備も 検討して いるとの こと、これまで 以上に 松阪に おとずれる ひとが ふえると いいですね。

(松阪ベルネット|2007年 12月 29日 どようび 19:45)

武四郎を取り上げていただきありがとうございます。

生家を残していこうということで、議会でも議論され松阪市が譲り受けました。

武五郎は×で、武四郎なんですけど・・・・

(ゆうちゃん)

ゆうちゃん こんばんは。

北海道 名づけの 親が 松阪の ひと、ってのは ものすごい インパクトだと おもいますよ。松阪市の 財産なんだから、これを いかして どんどん 日本中に PRして いかにゃ!^^

あ! ごめんなさい。日記の 冒頭だけ 「武五郎」に なって ました (^_^;)。「武四郎」に なおしときまーす。

(あきひこ)

そうですね。

まずは、毎年2月に開催される「武四郎まつり」に合わせ、北海道との交流を深めるとともに全国に発信していければいいなあと思っています。

実際、今年から一部市議会議員が北海道に調査に行ったりして活動を始めました。

また北海道からも松阪市に表敬訪問にきていただきました。

(ゆうちゃん)

ゆうちゃん

北海道と 松阪と、これから どんどん 交流が ふかまると いいね。

1 月 27 日の 武四郎講座は ききに いこうと おもっとるんだけど、武四郎まつりも その つぎの 機会には いって みようかな (^_^)。

【武四郎講座】
日時: 1月 27日(日) 午後 2時から 3時半
場所: 松浦武四郎記念館
テーマ: 「アイヌ民族が語る松浦武四郎
講師: 秋辺日出男(北海道ウタリ協会)
内容: アイヌ民族からみた松浦武四郎

それから 北海道以外、秋田県『小坂町史』にも 武四郎が そこを おとずれた ときの ようすが 紹介されとる らしいね。

『日本語はどこから生まれたか』P.272
工藤進 著;ベスト新書 刊

ゆうちゃんも がんばって くださいね (^_^)。

(あきひこ)

あきひこさん
あけましておめでとうございます。

あきひこさんは確か安城市にお住まいですよね。
県外の方にこれほど興味を持っていただいていることに感激です。
地元の住民としてもっと勉強しなくてはいけないとプレッシャーを感じています。

本年もよろしくお願いします。

(ゆうちゃん)

ゆうちゃん、あけまして おめでとう ございます。

今回の 武四郎講座、北海道ウタリ協会と いう ところから ひとを よんじゃうってのが すごいね。

なかなか 簡単に 北海道までは いけんので、こう いった ことに 興味の ある ひとには とっても うれしい ことだと おもう。

ええ、ことしも よろしく おねがいします。

(あきひこ)

あっ!コメント今、気がつきました。
申し訳ありません。

市町合併後、旧三雲町の武四郎つながりで、松阪市は北海道との交流に力を入れ始めました。
今後、ますます交流が深まることと思います。
本年もよろしく、お願いします。

(ゆうちゃん)

北海道には松浦武四郎を知っている人は沢山居ますね。
私は最近まで知りませんでした。

写真は羅臼で見つけた武四郎の足跡です。

武四郎が野宿したという大きな洞窟にはヒカリゴケがありました。

(くるりんさん)

くるりんさん こんばんわ。

返事が たいへんに おそく なり、もうしわけ ありません m(__)m

写真の ご紹介 ありがとう ございます。羅臼へは くるりんさんが いかれたんでしょうか。

北海道に 武四郎を しる ひとが おおいとの こと、武四郎は 6 回にも わたり 道内 内陸部まで くまなく 調査したからでしょうね。

いまだに アイヌの ひとたちの あいだでは、武四郎の つくった 地図に のっとる アイヌ語地名が ほんとに 正確で あると 感謝されとる ようです。

P.S.
1月 27日の 講演会の ようすを 日記に かかせて いただきましたので、よろしかったら ごらん ください。

デボさんが かたる 松浦武四郎

(あきひこ)

あきひこさん、こんにちは
羅臼へは去年の7月に行ってきました。
デボさんの語る松浦武四郎のお話読ませていただきました。
ありがとうございました。
今年も秋に北海道に行く予定です。
また武四郎の足跡をみつけるのが楽しみです^^

(くるりんさん)