きのう 半田の 山車 まつりに いった かえりに 安城市歴史博物館に よったら、「かわる 安城 60年の 軌跡」って いう 展示 やっとった。
(※ 安城は あんじょうって よむ)
〔説明 がき〕 (1) 新安城 みなみぐち | 新設された 新安城駅 みなみぐち (1972年) 名鉄 今村駅の 南北 地下道が 完成したのは 1969年、翌年に 駅名が あらためられた。写真 ひだり おくの 工場は ワシノ製機、現在は イトーヨーカドーが たつ。 |
名古屋本線から 西尾線が 分岐するのが 新安城だ。まえの 駅名の 今村 (いまむら)ってのは この 駅 周辺の 地名で、もともとは 駅の きたがわが 今村の 中心だっただけど、発展して みなみがわにも えきまえ つくって、1970年に 駅名も 安城の 代表駅に ふさわしく 新安城って かえただ。西尾線の 電車の いきさき 表示が 今村から 新安城に かわったの はっきり おぼえとるよ。中二の ときだ。
〔説明 がき〕 (2) 二本木から バス 通学 | バスで 中部小学校から 帰宅する 二本木 (にほんぎ) 地区の こどもたち (1960年 ごろ) 依佐美村 (よさみむら)から 合併した 二本木 地区の こどもたちは、バスで 中部小学校へ かよっとった。二本木小学校が できる 1972年まで つづいた。 |
二本木ってのは いまの 三河安城 周辺だけど、三河安城が できたのは 1988年の ことで、ながらく 安城から 刈谷の あいだには 駅も なくて、二本木の こたちは バス 通学しとっただね。おれも 小四の とき、って いうと 1966年、わがやの ある 古井から 安城まで バスで そろばん 学校に かよっとったで、この 写真も えらい なつかしく かんじるよ。
〔説明 がき〕 (3) 西川屋 開店 | 西川屋 開店 (1968年) 国鉄 安城 えきまえに 開店した おおがた ショッピング センター。当時の 安城では めずらしい エスカレーターの ある たてものだった。 |
この 西川屋は なつかしさ きわまれりだ。1968年は 小六だったけど、みんな 「安城に デパートが できた!」って おおよろこびだった。ほんとは デパートじゃ なくて おおがた ショッピング センターだった、ってのは あとで しった ことで、当時は 安城も 都会の なかまいりしたぞ!って かんじで おおいに もりあがったね。開店から まもなく ユニーって なまえ かえて ながらく つづいただけど、2003年に 閉店しちゃったのは かなしい ことだ。
「かわる 安城 60年の 軌跡」は 11月 11日まで 開催。安城の ひとは いって みると おもしろいよ。ってか、展示して ある むかしの 写真 みると、なつかしさで いっぱいに なる こと うけあいだ。
(さんこう)
- 「かわる安城・60年の軌跡」|安城市歴史博物館
- 2012年 9月 29日 どようびから 11月 11日 にちようびまで。
- 安城市が 誕生したのは 1952年 5月 いつか、ことしで 60年に なります。戦前には、にほんの デンマークって よばれた 先進的 農村 地帯で ある 一方で、中心 市街地は 「農都」って よばれる ほど 都市的な 機能も そなえて おりました。この ふたつの 性格を ひきついで うまれた 安城市は、つねに 農業と 工業や 商業などを ともに 発展させる 未来像を えがきながら、すがたを かえて きました。この 展覧会では、工場 誘致や ほじょう 整備、市街地の 区画 整理や 新幹線 新駅などで、おおきく 景観を 変化させて きた 安城市 60年の あゆみを、写真や 地図を もとに ふりかえります。
- はんだ 山車 まつり - あきひこ ゆめてつどう|2012-10-07
- 汽笛 一声 安城駅 120年|あきひこの 日記|あんみつ|2011年05月29日00:08
- 過去に存在したユニーの店舗 - Wikipedia
- ユニー安城駅前店(1968年7月10日開店-2003年10月25日閉店)